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セールスいらずのお絵かきムービークリエイターになったお話

<いとすけ>

 

【1.フック】

この動画は、会社組織の限界にぶつかり、なにをやってもうまくいかず、挫折と絶望の中でもがきにもがいていたとき、1本の動画との出会いから、自分の奥底にあった価値観とミッションに気づき、世の中の起業家の“集客”と“セールス”の悩みをすべて解消してしまう、「セールスいらずのお絵描きムービークリエイター」になったお話です。

 

コンサルタント、セラピスト、講師の方など、「お金と集客の悩みから解放され、濃いファンをつくりたい」、そんな思いを持つ起業家の方に、ぜひ見ていただきたい動画です。

 

【2.ルーツ】

1972年3月11日、ぼくは大阪府堺市に3人兄弟の長男として産まれた。産婆さんはおばあちゃんで、親族初めての男の子。皆の愛情を受けてすくすくと育った。

 

両親はうどんの町工場をきりもり。朝が早く昼過ぎには仕事が終わる。お父さんは毎日昼からお酒を呑み、ときおりお母さんに暴力を振るった。

 

お母さんはあばらの骨を折り、ぼくは包丁を向けられたこともある。そんな毎日だったが、気丈なお母さんは、いつも鼻歌を歌いながら明るく子どもたちを育ててくれた。

 

図画工作が好きで、小学生のときのあだ名は「図工の王様」。夏休みの工作でメリーゴーランドをつくった。樹木の絵が、地域の絵画集「はとぶえ」の表紙に載ったこともある。

 

中学生のとき、友人たちの前で自分宛てのラブレターを発見。恥ずかしさに耐えられなくて、そのままゴミ箱に捨ててしまった。なんてひどいこと、そしてもったいないことをしてしまったんだろう。それくらいシャイだった。

 

高校時代、この性格を変えたくて一念発起。バイト先のすべての人に必ず自分から挨拶をすると決めて徹底した。そうしたら社交的になって友だちが一気に増え可愛い彼女もできた。

 

【4.日常】

明るい性格を手に入れたが、一方でシャイな人の気持ちもよく分かる。人に興味が湧き、人と仲良くなることに無常の喜びを感じた。人を理解し心通じ合わせることが、この世に生まれてきた人生の目的だと思った。

 

【5.冒険】

大学卒業後、家を出て東京で就職した。「文句があるなら出ていけ!」と赤ら顔で罵る父と対等に話がしたかったからだ。

 

上京してしばらく洗濯機を買えなかったが、コインランドリーは一度も使ったことがない。社宅マンションに住む同僚たちと仲が良く、毎週借りまわっていたのだ。

 

あるとき、出向先の課長と二人で朝まで呑んで、山手線を一周して出社したこともあった。人の武勇伝を聴けることが楽しく、そんな愛嬌が自分の武器だとも思っていた。

 

28歳のとき、あれほど憎かったおやじが、「あの頃はお金がなくてお酒に逃げていた」と話してくれたことがある。おやじの苦しみが理解できたとき、私の中の憎しみが嘘のように溶けてなくなり、深い感謝と愛情に変わったのだ。

 

人は理解されずに苦しみ、理解し合うことで幸せになれる。この教訓は、仕事でも大いに活きた。「この会社に入って一番良かったことは、先輩と出会えたことです。」なんてことをよく後輩に言われた。職場の仲間と心通わせることが何よりも楽しかった。

 

就職先はシステム会社。社内で「天皇」とあだ名された西崎常務が、私をとても可愛いがってくれた。おもしろい奴がいると社内のあちこちで宣伝してくれたおかげで、全国4,000人いる会社の中でもそこそこ有名人だった。

 

【6.失敗の連続】

常務から次々と課された仕事はとてもハード。原価が売上の4倍ある大赤字運用の黒字回復だったり、新規4億円の売上が必要な営業チームだったり。月間200時間残業が続いたこともあったが、とにかく目の前の仕事に懸命に取り組み応えた結果、同期一番の33歳で管理職になった。

 

ところが管理職になると仕事の景色が一変。担当したのは120人の大世帯で、古いビジネスモデルの不採算部門。非現実的な予算目標、手を抜かない業務遂行、そして部下を守ること。すべてを実現することは不可能だった。

 

無理をして次々とメンタルをやられていく部下たちのフォローに追われながら、ただただ短期目標を掲げて追い込んでくる上層部の打ち出しに気が狂いそうになった。どうにもならない実情を上司に相談した結果、返ってきた一言は忘れられない。

 

「課長にもなって、そんな言葉を二度と口にするな。」

 

頭が真っ白になった。答えの出ない禅問答だと思った。悩み続けた結果、私は睡眠障害になった。どんなに体が疲れていても、薬なしでは眠れなくなった。

 

しばらくして体は回復したが、会社組織の限界が分かってしまい、会社員人生にやりがいを見いだせなくなってしまった。

 

なんとか自立できないかと思い、いろいろなことをやった。不動産、FX、インターネットビジネス。結果はことごとく失敗した。

 

インターネットビジネスは、メンターの言うとおり愚直にブログを書き続けた。眠い目をこすり、仕事終わりの深夜遅くまで書いた記事は350を超えたが、結局たったの1円にもならなかった。底なしの挫折と絶望を味わった。

 

それでも人生をあきらめきれず、起業のためのスクールに通うようになった。コンテンツ作りやマーケティングを学んだが、なかなか形にはならない。お金も気力もそろそろ限界だ。もうだめかもしれない…。

 

【7.出会いの発見】

そんなあるとき、小学校の時のあだ名がふと頭をよぎり、イラストを描きたいと思った。なんとその直後、隣町に住むイラストレーターと出会い、スクールを紹介された。勇気を出してすぐに先生に会いに行った。3ヶ月通ったとき、イラストが描けるようになった。

 

せっかくなら人を喜ばせたいと思い、花火や呑み会などのイラストを、友人たちにプレゼントした。絵が描けるだけでこんなにも人を笑顔にできるんだ。気が付けば、7組25名の友人にプレゼントしていた。

 

そんなとき、SNSで一本の動画が目に止まった。「セールスいらずのお絵かきムービー」。お絵かきムービーは、2013年にアメリカのユーチューバー・サムペッパーという人が、ホワイトボードを使って自分の人生の「ストーリー」を描く動画が元になっている。

 

世界中でシェアされ、リリースから2週間で2,600万回も再生された。更にかっこいいと真似した動画が66万件も投稿された。それほど人の心に焼きつき、記憶に残る動画。

 

【8.成功の連続】

お絵かきムービーは人生を見える化し、自分を理解してもらうための最高のツールになる。好きなイラストで、相手を理解し、人と人とが理解し合うお手伝いができる。「これだ!」

 

私は、お絵描きムービーコンサルタントになった。ついに、自分の人生の目的に直結する仕事を見つけたのだ。

 

【9.メソッド】

お絵かきムービーで成果の出た事例はたくさんある。例えば、佐賀在住の男性コーチ。子どもの学びの才能を見つけるコーチングの仕事を動画で発信。1時間3~5千円の低単価コーリングから30万円のコースに変更したところ、募集3ヶ月で売上200万円を達成した。

 

北海道在住の西洋占星術師。主婦で子育てをしながらお仕事をしている。ブログに動画を投稿したところ、西洋占星術を使って運命を引き寄せる学びのクラスが、募集1ヶ月で160万円を達成した。

 

【10.価値観)】

お絵かきムービーをつくっていて思うことがある。

 

出会う起業家の皆さんは、すごい能力、経験、情熱を持っている。だけどご自身では当たり前になっていて、そのことをあまり発信していない。そのために価値が伝わらず、売れない、値切られる、安い仕事をして自分が疲れてしまう。

 

あなたの価値を最大限にもっとも分かりやすく伝えられるのがこのお絵描きムービー。

 

会った瞬間、「会う前から買おうと思っていました」と言われ、セールスせずに自然に売れていく。そうすれば、お金と集客の悩みから開放されて、ワクワクすることに集中できる。

 

そうやって、みんながお互いを理解し合える世界に、少しずつ近づいていけたら最高だと思う。お絵かきムービーは、それを可能にしてくれるすごいツールなのだ。

 

この動画を見ていただいた方に「セールスいらずのお絵かきムービー」無料webセミナーをお送りしています。この画面下のお申し込みフォームから、ご登録ください。最後までご視聴ありがとうございました。